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09春の企画3

5月30日に連続ゲスト講義の第3回目を実施しました。
この日のゲスト講師は、写真家の浅田政志さん。
昨年度、木村伊兵衛写真賞を受賞され、写真展や取材などで多忙を極める中、
合間を縫ってゲスト講義のために来てくださいました。
普段のゲスト講師よりも若い世代である浅田さんの話は、生徒にどのように伝わるでしょうか。
お話の前にはコミュニケーションゲームを実施しました。

目   的: 自分の将来を考える
日   時: 2009年5月30日 14時から16時まで
会   場: 考学舎(渋谷区渋谷1-7-5-503)
ゲスト講師: 浅田 政志さん
内   容: 前半 コミュニケーションゲーム
後半 浅田 政志さんより、写真家の仕事についてのお話・質疑など
受 講 料: 1,000円 (通年で通っている方は毎月の授業料に含まれています)

以上


 
 

コミュニケーションゲーム (14:00開始)

ゲスト講義の前に、毎回簡単なコミュニケーションゲームを実施している。
今回は連続ゲスト講義の3回目ということで、集合した生徒も皆顔見知りということもあり、雰囲気を作るほぐしゲームは少なめに、そして年長の生徒が多いということで、生徒自らが発表する形態の企画を用意した。
因みに、参加者には事前に「思い出に残る一枚の写真」を持参するように通達されている。

「キャッチ」

全員で円座になり、左手の人差し指を立て、右手の人差し指と親指で円をつくり、隣の人のつくった円に右手の人差し指を差し込む。
 司会の「キャッチ!」という掛け声に合わせて右手人差し指を抜き、左手の円を握る。うまく抜けられるか掴まえられるかを競い合う。

「“あのときの一枚”その1」

各自が持参した写真を回収し、シャッフルして配る。自分のものではない誰かの写真をもとに、「5W1H」を用いてその写真にどんなストーリーがあるのかを想像し、皆の前で発表する。

「“あのときの一枚”その2」

回収された自分の写真を手元に戻し、その写真にどんな思い出があるのかを皆の前で発表する。発表の際は、やはり「5W1H」を用いて、いかに周囲に共感してもらえるかを考慮する。

講義風景2「キャッチ」を行う前に、ゲスト講師の浅田さんが来舎。コミュニケーションゲームから参加されるということで、ゲームを行う前にそれぞれ名札作りと自己紹介を行った。この時点で場の雰囲気は既に和んでいたため、「キャッチ」にて気持ちをほぐすことに全く時間を要さなかった。
「“あのときの一枚”その1」は、その場で写真を渡されたためストーリーを考える時間が短く、難しいと感じる生徒が多かったが、それでも全員が架空のストーリーを考え、中には「オチ」まで付け加える生徒もいた。
「“あのときの一枚”その2」では幼少の頃の記憶を手繰り寄せながら話す人や、「持って来られる写真、これぐらいしかなかった」と最近の写真を持参する人もいたが、聞き手に伝わるように考えながら話す姿勢がとても好印象だった。
最後に、ゲストの浅田さんにそれぞれが考えたストーリーについて評価していただいた。

 
 

浅田政志さんのお話・質疑(15:00開始)

後半は浅田政志さんからお話を伺った。

浅田政志さんプロフィール

浅田さんは、1979年三重県出身、今年で30歳を迎える。2000年に日本写真映像専門学校を卒業後、2007年に東京にて写真家として独立した。2009年、写真集『浅田家』(2007年・ユトレヒト/2008年・赤々舎)で木村伊兵衛写真賞を受賞。

写真集『浅田家』について

ゲスト講師1

浅田さんが一躍有名になるきっかけとなった写真集『浅田家』の説明から講義は始まった。浅田さんが手に広げる写真集に、一同の目は釘付け。「消防士」や「ライブステージ」など、ユーモアセンス溢れるシチュエーションがとても面白かったからだろう。
『浅田家』は、浅田さんが写真専門学校の学生時代、学校から出された課題に迷っていたときに家族写真を採用したのが始まりで、それ以来、7年の歳月をかけて撮り貯めた家族写真を作品にしたものだ。現在もなお家族の写真を撮り続けているが、この撮影にはルールがいくつかある。一番大切なのは、「お金をかけない」ということ。シチュエーションを作るために衣裳を買ったりはせず、場所の提供もお願いすると案外快く貸してくださる、とのこと。また、一日のうちに4つのシチュエーションの撮影が可能だが、その前提として「家族の協力」が重要で、ひとりでも調子が合わなければ、その日は撮影ができない。

写真集『浅田家』から得たもの

『浅田家』の写真を撮影する当日、浅田さんご一家は一日中一緒にいるため、写真を通して家族とのコミュニケーションが活発になり、全員の気持ちが一致するようになった。その結果、家族がとても仲良くなった、という。
浅田さんが中学生・高校生の頃は、家族は「ウザイ」存在だったそうだが、写真家になって家族写真を撮るようになってからは家族が仲良くなったのが一番の収穫だった、と考えている。この作品で『木村伊兵衛写真賞』を受賞したが、もしこの賞を受賞できていなくても、『浅田家』は大成功の写真集だった、と浅田さんは考えている。

写真とは…

講義風景1

また、浅田さんは「記憶と写真」の関係について話された。記憶というものは、どんな些細なものでも失われることはなく、そのとき必要な記憶だけが引き出されるようになっている。私達は過去に撮った写真を見て、私達の中に眠っていた記憶を蘇らせることができるし、また、今撮っている写真は、私達の将来にとって大事なものを引き出してくれるものになるかもしれない。
また、家族にとって写真は多大な影響を与えるもの。家族というのは普段は空気のような存在で、一緒に生活し過ぎていることによって家族に何の感情も持ち合わせなくなっていく。しかし、過去に撮った家族写真が、家族のありがたみを知るきっかけになってくれることもある。

浅田さんの経験

浅田さんは、いわゆる「受験勉強」「学習」というものをしたことがない、という。推薦で入学した高校で写真部に入部し、そのときから「自分は写真で生きていく」と決めたが、写真の専門学校卒業後、写真家にはならず地元に帰りギャンブルで生活をする毎日を送っていた。しかし、大金が手に入ってもこの生活には未来がなく、逆に虚しさばかりが残るようになった。そして一念発起して東京のフォトスタジオでアシスタントをするようになったのだそうだ。
この一連の経歴には生徒一同驚きを隠せなかった。ギャンブル生活に浸ってしまっていながら、その生活から足を洗って現在のような活躍をされていることに感心したようである。

写真家として

浅田さんはフォトスタジオでのアシスタントを2年間続けた後、写真家として独立した。当初は仕事が全くなく、生活は苦しかった。しかし、自分がやりたいことを出来ている、という充実感が何よりも写真家としての浅田さんを支えるものになったのだそうだ。
自分が撮りたい写真ではない「仕事の写真」の撮影もあるそうだが、そのような撮影に求められていることの中に自分のこだわりをどれだけ込められるか、ということを真剣に考えるのがとても楽しい、という。

 
 

質疑応答

ゲスト講師2

等身大のお話に終始した浅田さんには、生徒からの質問も単刀直入なものが多く、仕事に対する感情から結婚観に至るまでの幅広い質問に、正面から答えてくださった。また、今後どのような写真を撮っていきたいか、という質問には、「自分の家族だけでなく、他の家族の写真もとっていきたい」と応答された。「家族の数だけ幸せや理想のカタチがある。それをたくさん写真に収めたいんです」と付け加えられたところで、楽しい時間は閉じられた。

 
 

アンケート

前半のゲームについては、生徒のほとんどが「楽しかった」「むずかしかった」の両方に高いポイントを付けていた。後半のお話は、「楽しかった」との答えが多く、「緊張しなかった」と答える生徒も多かった。
また今回は、前回の反省を踏まえ、アンケートを書くための時間を設けたが、流れの中での時間だったため結局一部はこれまでと同様のコメントしか書けなかった。今後は、アンケートを書く時間の設け方に更に工夫を加える必要がある。

 
 

振り返り

コミュニケーションゲーム

講義風景3

「あのときの一枚」では、その場で主旨を説明され、考える時間もそれほどなかったが、全員が主旨をよく理解し、中には「さすがは考学舎の生徒!」という発表もあった。発表を聴く側の態度もよかった。

浅田さんのお話

浅田さんは最初から最後まで気取ることがなく、等身大で話をしてくださった。学ぶこと、働くこと、生きていくことについて、生徒たちと同じ目線で話してくださった。また、講義形式ではなく対話形式を望まれたため、生徒が話を聞く姿勢にも積極性が見られた。