22夏の企画「ゲスト講義」


夏休みももう終わろうという8月20日、考学舎では3年ぶりとなるゲスト講義を行いました。
ゲスト講師は、漆芸作家の室瀬智弥(むろせ・ともや)さん。
日本で1,300年も続く伝統工芸についてご説明いただけるだけでなく、実際に漆を使った体験もさせていただけました。
実際に手作業も含むため、考学舎のゲスト講義史上初となる午前と午後との分割開催となりました。
漆塗りと蒔絵という、普段はなかなかお目にかかれない芸術に触れることができ、生徒も講師も感心しきりの貴重な機会となりました。
レポートは前後半をまとめたものを掲載いたします。

目的: うるしの世界にふれてみよう
日時: 2022年8月20日(土)
第一部(小学生対象)9:30~12:00/第二部(中高生対象)13:30~16:00
会場: 考学舎(渋谷区渋谷1-7-5-503)
ゲスト講師: 室瀬 智弥さん 漆芸作家・目白漆學舎代表
石渡 真衣子さん 漆芸作家・目白漆學舎

拭き漆体験

今回のゲスト講義は、午前、午後の分割開催。かつてに比べ生徒の数が増えてきたこと、幅広い学齢への配慮、新型コロナ感染対策、とさまざまな理由で分割開催としましたが、何よりも「作業をするからスペースを広く使いたい」というのが最大の理由でした。おそらく漆芸の体験など講師も含め誰もしたことがないため、どれだけの作業スペースを要するかよくわかりません。しかし実際には木製のシャープペンシルに漆を塗るという体験とのこと。なぜそこまでスペースを要するのでしょうか。

開始時間を前に、生徒が続々と登場。考学舎は個別指導の教室ゆえ、この日が初対面という生徒同士もいたので、それぞれ挨拶と自己紹介をしてもらいました。開始時間になりいざ教室へ。漆塗りの体験ができる準備がバッチリ出来上がっており、ゲスト講師の室瀬さん、石渡さんもスタンバイしてくださっていました。生徒それぞれ自作のネームプレートを付け、間隔を空けて着席。いよいよ漆塗り体験が始まります。

触れるな危険!

それぞれの目の前に置かれたのは、脱脂綿と和紙、硬めの白い紙、ガーゼ生地の布、サンドペーパー、白い毛先の細い筆、それと木製のシャープペンシル。そこへ石渡さんが茶色い絵の具のようなペースト状のものを手際よく分配していきます。これが「生漆(きうるし)」とのこと。この生漆を脱脂綿を包んだ和紙に取ってシャープペンシルの木の部分に塗っていくわけですが、ここで室瀬さんから忠告がありました。「漆を扱う場合は必ずゴム手袋を着用すること!」。少しでも漆が肌に触れれば、猛烈な痒みに襲われる。しかも痒みが現れるのは半日後くらい。肌に触れたその瞬間には気づかないため、触れた箇所で他の肌に触れたその先から痒みは広がっていく。市販の痒み止めの薬などもまったく効果がなく、医者にかかるかひたすら我慢して痒みが去るのを待つしかない…。といった具合に、漆の強力な個性と室瀬さんの話術にさんざん脅される生徒たち。そこまではリラックスしていた生徒たちも、脅された後はすべての所作が慎重になっていきました。隣の人とぶつからない距離を取るために広いスペースが必要だったんですね。

慎重な作業は続き、シャープペンシルの木の部分に漆を塗った後、せっかく塗った漆を布(ウェス)で拭き取るというのです。なんてもったいないことを、と思いますが、これが「拭き漆(ふきうるし)」というそうです。漆はもう十分に木に馴染んでいて、拭き取ることでむしろムラがなくなり綺麗な仕上がりに。なんとなくシャープペンシルのもともとの地肌にツヤと気品が纏われたような。

オリジナリティが求められるペインティング!

作業はこれで終わりではありません。ここからが生徒それぞれのオリジナリティの出しどころ。何事も手際のよい石渡さんからアンケートが取られ、先ほどのピュアな漆に赤(丹色?)または白(ベージュ?)の着色がされた漆がそれぞれに分配されました。この漆を今度は細い筆に取り、拭き漆を施したシャープペンシルにデザインをするとのこと!さぁ何を描こう…と漆を塗ったシャープペンシルを眺める生徒、講師に調べものをしてもらって(作業中のため自分のスマホを触れず)デザインを模倣しようとする生徒、躊躇なく大胆に自分の名前を書き出す生徒…こういうところにも生徒それぞれの個性が光ります。ちなみに細いシャープペンシルにデザインするため、用意された細い筆は毛も相当に繊細な白い毛が使われています。室瀬さんから「これは何の毛でしょう?」と生徒たちに質問。馬(それは弦楽器)、牛(それは革製品)、ネズミのしっぽ(毛、あったか?)…などさまざまな予想を立てましたが、正解は「白ネコの毛」とのこと。

生徒それぞれの味のある装飾がなされ、漆体験は終了。ゴム手袋を外すのも慎重に、完成したシャープペンシルを預かった石渡さんもこの時ばかりは慎重に、漆を乾かすためダンボール風呂(箱)にしまいます。しかし実はこれで完成ではありません。漆は、一度よりも二度、二度よりも三度…と、乾いては塗り直す作業を繰り返すことによってよりツヤと輝きが増すので、数日をかけて乾いた後、またそれぞれ折を見て拭き漆を施してください、とのこと。漆は高温多湿であればあるほど乾きが早いため、今の季節であれば3日も待てば乾くでしょう、とのこと。次の授業で来舎した時にこの体験を思い出しつつ拭き漆作業をしてもらいましょう。(実際には二度どころか三度以上の拭き漆をしてシャープペンシルを「育んで」いる生徒もいます)

漆のお話

体験を終え、しばしの休憩の後、漆に関する映像、採取し終えた漆の木、そして蒔絵の施された本物の漆芸作品を前に、室瀬さんより漆についてのお話をしていただきました。

漆の歴史はなんと…

蒔絵装飾は日本では奈良時代に確認されており、1,300年の歴史を誇りますが、漆そのものが人々の生活の中で使われるようになったのはなんと縄文時代とのこと。縄文・弥生時代には土器や祭器に、奈良時代には仏像に、戦国時代には甲冑に、その後は寺社仏閣などに、漆は使われてきました。漆は防水・耐熱効果が高く、その作品は非常に長持ちします。またツヤの出も良いため見た目も特徴的です。そのような特性から漆器は今でも世界中で重宝されていますが、漆が取れるのは世界でもアジア地域のみ。日本国内の「漆の畑」は岩手が最も多く、次に茨城が産地としては有名です。漆は植えてから12~13年かけて成長し、「掻き子」と呼ばれる漆を採取する専門家が漆を採取します。1日に50~80本の木から漆を掻き採ります。一度その樹液を採取するとその木からはもう漆は採れず植え替えられます。1本の漆からは保存瓶1瓶分ほどしか樹液は採れません。そのようなわけで、現在も漆は貴重品であり、毎年、漆を採取するためには漆の畑は10か所は必要になる、ということです。

時間をかければかけるほど…

このようにして採取された貴重な漆を用いて、漆芸作家さんたちは作品を仕上げていきます。生徒の皆さんが重ねて漆を塗っていくように、何度も何度も丁寧に漆を塗っては乾かし…を繰り返し、作品は仕上がります。1つの作品ができ上がるまでに1年かけることもあるそうです。私達素人からすれば1つの作品にそれほどの時間がかかるなど、途方もない過程ですが、室瀬さんは言います。「時間はたしかにかかる。しかし、時間をかければかけるほど、出来上がったものの喜びがある。」塗っては乾くまで待つ…この待つ時間もまた作品に生かされている、ということです。室瀬さんがご持参くださった漆芸作品は、重ねた漆とその時間を想像できないほどのツヤをもって眩い光を放っていました。

歴史をつなぐ仕事

室瀬さんは漆芸作家として活躍されており、同時に「目白漆學舎」の代表をされていますが、室瀬さんはご自身のお仕事を「歴史をつなぐ仕事」だと仰っていました。漆のような天然素材を扱うには、途方もない手間暇がかかります。しかし、作品の出来上がるスピードと天然素材を消費するスピードというのは、自ずと均質が取れるものだそうです。室瀬さんは漆芸作家としては3代目ですが、その中で培われてきた伝統技術と天然の素材を最大限に活かし、そこに室瀬さんが磨き上げていったオリジナルのデザインを加えて作品は出来上がっていきます。作品の中に歴史があり、作品をとおして漆の歴史を追うことができる。まさに「歴史をつなぐ」お仕事を、室瀬さんと室瀬さんの作品から見せていただきました。

社会人になる皆さんに大切にしてほしいこと

最後に、これから社会人になっていく生徒の皆さんにアドバイスがありました。「“好き”、“楽しい”、“きれい”、と感じられたものがあれば、それを大切にしてほしい。そのとき感じた初心が、社会人になって大切なモチベーションになります。」

午前の部・午後の部

前述のとおり、午前は小学生が、午後は中高生+考学舎の卒業生がそれぞれ参加してくれました。ゲスト講義の内容はほぼ同じものでしたが、受け取る姿勢はそれぞれでした。

小学生は少人数ではありましたが、それぞれがそれぞれの好奇心をもって積極的に発言をし、室瀬さんに多くの質問が飛び交いました。室瀬さんのピカピカの作品にも興味津々で、それぞれ手に取って(講師はヒヤヒヤ)楽しんでいました。作品の品評会のような時間になりました。

一方で中高生、同じように賑やかな時間になるかと思いきや、室瀬さんの一挙手一投足に神妙に見入り、拭き漆の作業にも真剣に取り組み、室瀬さんのお話にも聞き入りつつ作品の前に一列に行列をつくりじっくりと見守る、という様子でした。さながら美術館での作品鑑賞、といった時間になりました。

感想

  • 自分だけのシャープペンシルが出来てよかった。
  • 漆の木があるということを知らなかった。
  • 拭き漆体験が意外とおもしろくて勉強になった。
  • 漆の存在は知っていたけど、その貴重さがよくわかった。
  • 実際に体験できたことでいろいろなことが実感できた。
  • 身近にあるらしい漆をより身近に感じることができた。
  • 初めて漆に触れてみて、においや感触がおもしろかった。
  • 室瀬さんの漆の作品が、ていねいに作られていて、とにかくすごかった。

ふりかえり

まずは、このような機会をご提供くださった、室瀬さん石渡さんに心から感謝申し上げます。「漆」存在は知っていても私たち大人にとってもそれ以上ではありません。年単位で作品を作り、100年単位でそれを修復しながら使い続けられるもの、なかなかないのではないでしょうか。そして、「待つ時間が作品を美しくしてくれる」というのも日々を急ぎがちな私たちに大きなメッセージをくれるのではないかと思います。生徒たちはこの「積み重ねる時間」を感じてくれたようで、毎週の授業の際に、拭きうるしを続けています。どこまで待てるか!?(S.S)

3年ぶりとなるゲスト講義の開催、嬉しく思います。なかなか人を集めたイベントができていなかった中、室瀬さん、石渡さんは生徒たちに、普通ではできないような貴重な漆塗り体験までさせてくださいました。ありがとうございました。教科書を読めば「漆」について知ることはできますが、やはり「本物」に触れ、聴く体験というのは格別です。漆を見て、香って、触って、実際に漆を生業としている方から話を聴いて…五感をフルに使える体験、それは最高の教材ですね。また、今回は考学舎の卒業生も参加してくれ、現役生の皆さんは今後の良きモデルにも見えることができました。目の前に与えられる課題に追われるばかりの日常から少し離れ、世界を見渡し、未来を描く、そんな時間を共有できました。(H.K)

勉強以外の活動こそ、学びの基礎力を養っていて、そのような活動としてのゲスト講義をようやく再開できました。室瀬さん、石渡さん、生徒の学びにご協力くださり、ありがとうございました。漆塗り体験は、説明だけ見ればとても簡単なものでしたが、生徒たちはじっくりと時間をかけ、普段は見せない集中力で丁寧に作業を進めていました。行動の結果を認識し、行動をより良く修正する「学び」において、認識のセンサーの感度を高めるために丁寧さはとても重要です。日頃、字を書いたり、文章を読んだりするときに丁寧さが足りないことがありますが、ここで必要なのは、言って聞かせることではなく、実際の体験により得られる感覚であり、今回のゲスト講義でそれが経験として獲得されたのではと思います。(Y.N)